木材運搬軌道跡発掘プロジェクト 第6回調査レポート
2003年11月2日、さすがにソロソロ続きをやらなくちゃねってことで、NESSYと彼の奥様、それと乾物屋との初合同調査トレッキングを敢行。
今回は第1回と2回、そして5回目に調査した区間を乾物屋の論理的な考察を聴きながら再トレース。
新事実も判明して有意義なトレッキングとなりました。
NESSYの新しい愛車レンジローバーで現地入り。上古沢駅で乾物屋と待ち合わせ。車をデポした場所で蜂の巣を発見。美しいハニカム形状に見入ってしまいます。
第1回調査で見つけたトンネルです。なんとなく靄がかかったような光景は幻想的でした。
第5回調査の時に見つけた上の写真のトンネルを抜けた先のコンクリートの橋脚です。
谷に降りて撮ってみました。

これも第5回の調査で確認した切り通しのさらに先に進んだ場所です。

石積みの橋台傍に落ちていた橋の部材です。ボルトがきれいに残っています。これも第5回調査で見落としていました。

かなり朽ちた材木も残っていましたが、ボルトはしっかりと刺さっています。
持ち上げているのは乾物屋。重さに苦しんでいるのか、物件発見に興奮しているのか?
谷では、新たにレールを発見。刻印が認められるものの、かなりすり減っていてはっきりと読めません。
次回は拓本だとかフロッタージュなんて呼ばれる手法で記録する用意をしてこようかと...
沢ガニも発見。
鋪装されて道路になっている廃線跡にはレールを転用した看板などもありました。
今度はしあわせそうな表情の乾物屋。
この道路は、上の写真のすこし東です。廃線跡がこのように道路に転用されている箇所は多くありました。
1回目の調査の時に見つけた謎の構造物ですが、この道路は廃線跡ではないそうです。
山崩れが頻発するため砂防目的のために建造された構造物で、その資材に不要になった木材運搬軌道のレールが転用されたそうです。
構造物の山側の壁面には、たくさんのレールが柵のように打ち込まれています。
構造物の付近を探索していくと、紀伊神谷駅の東側に休校中の小学校や民家がありました。
玄関の照明が点いていたOさんというお宅を訪ねてインクラインの事などを訪ねてみましたところ、とても親切に教えて下さいました。

Oさんからいただいた情報

  • 上記構造物の情報
  • 第1回調査のレンガの凝ったポータルを施されたトンネル は、明治44年2月に電力供給開始した和泉水力発電 九度山発電所(300kw)に送水するための水路であったこと
  • 彼らの住む街が面している道路は東高野街道で女人禁制であった高野山に向かう家族がここで女性を置いていく宿場町であったこと
  • インクラインの場所ならSさんかKさんのおばあちゃんを訪ねなさいという情報
  • 親切にKさん宅まで同行し、僕達を現場まで案内してくれるよう頼んでくださったこと
陽が落ちてしまい、次回に調査持ち越しとなりましたが、ここにインクラインがあったということでした。
次回の楽しみができました。
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